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2008年10月

『青春少年マガジン1978~1983』に思うこと

「ウチさあ、ダンナが毎週漫画を買ってくるから、一緒に読んでる。ケド、おっぱいとか暴力とかが多いじゃない? だから久々に少女マンガを読んだら、しみじみ良いワーって思ったよ」…ハイスクール時代の友人、Yちゃんは語る。その通りだと思う。

詐欺にヤクザ、闇金にホスト、このカテゴリーを抜くと青年誌はスカスカだろう。面白くても、“新連載!”って銘打ってるのがまたソッチ方向だと、「あ~」…正直、ガッカリしてしまう。

オットーも、週3冊の漫画雑誌を買ってくる。『ヤングマガジン』、『マガジン』、『ヤングサンデー』…は廃刊になっちゃったから、『スピリッツ』…全部に目を通さないにしろ、毎週読むのが大変である。ケイトリンが苦手なのは『マガジン』で、あの分厚さに圧倒されるのか、途中から入り込めない内容が多いのか、モッタイないことに4作品しか読んでいなかった。

「家計のためにどれかの雑誌を止めるなら、あたしは『マガジン』を推すな」なんて言っていたのだが、ここ最近は水曜日が楽しみになった。小林まことの『青春少年マガジン1978~1983』の連載が始まったのである。

何を隠そう、ケイトリンが初めて手にした漫画の単行本は、『What's Michael?』(と、大和和紀『あさきゆめみし』)である。お小遣いは小学5年だったから500円、それも塾帰りにタコ焼きを2回食べれば、オシマイだった。中学受験で、漫画など読むことさえ許されない環境だった。でも、田舎からやって来たグランマが言ってくれたのである。『ケイトリン、何でも好きなモノを買ってあげるよ』。その時の戦利品が、漫画本なのだ。

確か、本屋にたまたまあった3冊…巻数もバラバラなのを買ってもらったと思う。『ケイトリンは、猫が好きズラか?』と聞かれ、グランマにどう答えていいのか分からなかったが、マイケルが可愛いと思ったのは確かである。

踊るシーンが有名だと思うけど、猫のノンキな生態が描かれたエピソードが好きだった。割と鮮明に覚えているのは、「美人のパンツはウ○チの臭いがするかどうか」という回で…やっぱり、ソッチ方面の下ネタに惹かれてしまうのは、昔からなのかもしれない。

とにもかくにもそんなワケで、『青春少年マガジン1978~1983』が始まったとき、「おお~!久しぶり!」と素直に嬉しくなってしまった。専門的なことなんて全然分からないけど、線がハッキリした独特な感じ、登場人物の強烈な表情が懐かしかった。コマにたくさん文字が散らばってないのに、グイグイ引き込まれて読んでしまう感覚が、“『What's Michael?』のときと同じだな~”と思った。

内容は、代表作の『1・2の三四郎』の誕生から、その時代を彩る漫画家たちとの付き合いを描いたものだけど、決してドラマチックではない。時系列に淡々と…ボツッボツッと思い出を語っているような感じである。でも、そのひとつひとつの出来事が、この人にとってはどれだけ大きいか…言葉少ななだけに、かえって感情移入しやすいのかもしれない。なんだか、小林まことと一緒に泣けてしまったような回もある。

短気集中連載で、来週号で終わりになるのは寂しいことだ。ウチのオットーのように、少年時代から漫画雑誌を買い続ける30代男性が多いのは、出版社もよく分かっていると思うが、一緒に読む女性の存在も忘れないで欲しい。日常のこまごまとした話題と一緒くたに、手近な漫画の批評もおこなわれるのだ

“今回の小林まことの連載は、夫主導の漫画ライフを送る妻たち(『What's Michael?』を読んだ世代の女性)には、好評だったと思うけどなあ”…一服の清涼剤とは言い過ぎだけど、久々に立ち寄った店で、「やっぱり、ココの料理は美味いね」とホッとするような…安心感があるのである

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自分との戦いに小休止を!…ケイトリン、オットーを心配する

3日間、会社に泊まったオットー、今月も無事に本誌を校了した。仕事をするほうが大変に決まっているが、待つほうも結構寂しい。“やっと、一緒に夕飯が食べられる”と久々にご馳走の準備をしていたら、またオットーは帰って来れなくなった。2日間泊まりで、今度はクライアント依頼の小冊子の入稿なのである。

今日の昼過ぎに、徹夜続きでムクんだ顔のオットー帰宅、「3時から某メーカーの発表会があるから、行かなくちゃ」と言う。1時間でお風呂に入って、ご飯を食べて、また眠らずに出かけるのだ。「発表会のあとはクライアントのチェックを確認して…今晩も帰れないなあ」。

オットーと食べようと、おととい買った秋鮭は色あせてしまった。焼くタイミングを失い、冷蔵庫で白っぽく水っぽくなった魚なんて…もう、食べる気が起きないのである。「なんだか、今月は忙しすぎるねえ。アタシ、あんまりオットーに会ってないモン」、「ホントだよね」。結局、ご飯を全部食べる時間もなくて、慌てて出かけようとするオットー、トイレから出てきたら、顔が真っ青になっていた。

「具合が悪い。ちょっとだけ休む」…汗をダラダラ流し、ベッドに丸まって倒れこむ。額に手をやると、氷のように冷たい。いつもはひどく温かいオットーだから、明らかにおかしい。疲れが頂点に達したのだ。発表会は部下に行ってもらい、「2時間経ったら起こして」…と、今はぐっすり眠っている。

オットーは一見すると、穏やかで楽観的な人間である。余計なことは一切言わないし、自己主張もめったにしないので、もどかしいほどだ。「オットーは、損してるコトが多いよ」とケイトリンは言ったことがあるが、「人に何をされたって、オレ自身ができるかってことのほうが、重要だよ」とこれまた、穏やかに答えた。

自分に恥ずかしくなく、きちんとやりたい」という誇りと「まだまだオレは足りない」という貪欲な気持ちが、オットーという人の中身だ。なかなかこういう人は少ないと思うし、ケイトリンにはまったく欠けているところなので、尊敬もしている。

ただ、実に淡々と仕事をこなしていくので、オットーは自分が頑張っていると気づいていないフシがある。自分で自分の限界を知らないあたり、非常に心配になるのである。…もう、2時間経ったので起こしに行ったが、泥のように眠っている。もう1時間だけ眠られると言うので、良かった。体も温かくなっているので、これで少しは持ち直してくれると思う。

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憤怒!失われし「夫婦愛☆パラダイス」

オットーは会社に連泊で、もう3日間顔を見ていない。徹夜続きで寸暇も惜しんで働いているので、たまの連絡はメッセンジャーしかない。さっき開いたら、ハンドル名の下の表示メッセージが「リポビたん ハァハァ」になっていた。

これを、“オットーってステキ! いつもユーモアを忘れないのね”って惚れ直すか、“そんな小ネタを考えるくらいなら、さっさと原稿を読め!”って呆れるのか…当然、ケイトリンは後者のタイプである。

夫婦愛とオットーのユーモアを考えるとき、ケイトリンは結婚して初めてのクリスマスを思い出す。コインランドリーの上のアパートで迎える、つつましい聖夜…お定まりの骨付きチキンにイチゴのケーキ、スパークリングワインで充分、楽しかった。

あの頃、ケイトリンはロマンチストであった。(今だってかなり夢見るタチだけど、“物事には実現できることと、出来ないことがある”って分かった上でのコトである)。際限のない女のロマンは、ほろ酔いも手伝って、トンでもない方向へと進んだ。

「オットー、ダンスしようよー」、「エー。やだよ、ヤダヤダ!」。「だってクリスマスだよ?恋人たちの聖夜だよ?」、「オレはもう肉を食ったから、クリスマス終わりでいいよ」、「イイじゃ~ん。たまにはさ」。

“ケイトリンはオットーと、思い出になる時間を過ごしたかったんだね”…畳敷きの狭い部屋で踊りたいなんて、いじらしくてビンボーくさくて涙が出そう! かなり強引に隣室へと引きずりこみ、ケイトリンはオットーの手をとった。

言い出して実現したものの、予想よりもかなりロマンチックではなかった。“なんか、白々しくなってきたゾ”。酔いも覚めてきそうな気配…体を数回左、右とスウィングさせていると、次の瞬間、ケイトリンは床に倒れていた。「エッ!?」、「グッ、グフフフフ!!」。

Photoオットーは、柔道の足払いの技をかけたのである。おぼつかない足元をうまく払われ、衝撃もなくスッ転ばされたのには驚いた。「ヒ、ヒドイよ~!」…もう一度オットーの手をとると、今度は間髪入れずに技をかけられてしまった。

「もう、いいッ!」…オットーの狂ったような大爆笑に、ケイトリンの薔薇色の夢は、風前の灯火(ともしび)だ。♪アナタとワタシ、手を取り合って、ウフフフフフフ♪…夫婦愛☆パラダイスは、存在しないと知った瞬間だった。

あまり人に害を与えるコトのないオットーだが、自分のユーモアに溺れるときは、夫婦もへったくれもない。実に楽しそうなのだ。普段、やりこめる立場のケイトリンは、そのムカツキもひとしおなのである!

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「家計簿、炎上!」…オットーの祈りは届くか?

もう全然、新婚さんじゃない。今さらであるが、ケイトリンは家計簿をつけ始めている。オットーのクレームに対応するカタチだ。「酒、飲みすぎだよ」、「飯の量が多いよ」、「欲しいと思っても、我慢すべきだよ」、「外食週2回は多いよ」…「そうかな?」。

「そうだよ!」…自分のコトは自分で始末をつけるという躾けを受けてきたオットーだから、しつこくは言わない。でも、先月は懇願されてしまった。「ねえ、これじゃあ、本当に良くないよ。すべての原因は何にいくら使ったか分からないところなんだよ」、「んー。仕方がない。やりますか。ちゃんとやりますヨ」。ケイトリンは重い腰を上げたのである。

月末に手元に残るレシートで、いくら使ったかを計算する。まずは、これまで通りに野放図に暮らしてきた9月分、レシートをExcelに打ち込んでいく。オートsumをポチッと押して絶句、円グラフを作って大笑いであった。「ンプププ…。笑いゴトじゃないけど、オットー、1%だって!」、「エーッ!オレ、そんなに質素?!」。

「カテゴリー:オットー」の使用金額は1000円未満、サンタの帽子をかぶっている白熊柄のトランクス1枚…哀れである。「それに比べてケイトリンは!」と勢いづくオットーだが、お小遣いを計算に入れるのを忘れていたのである。

「仕切り直しだね!」…今度はケイトリンの元気が出るが、秋物の買い過ぎに気づき、意気消沈、エンゲル係数の高さにお手上げとなった。「やっぱりねえ」…標的の証拠を突き止めた刑事(デカ)・オットー…。こうなったら、言い訳してやるコトにした

そんなに使ってるつもりはナイ」…我ながら、アッパレなコメントだ。刃物を持った死体を前に、「殺してない」っていう犯人の心境と同じである。「でも、使ってるでしょ」、「う~ん。おっかしいナ」…今度は、浮気現場を押さえられたオッサンの気分…それなりにシリアスな場面なのだが、アホな発言ばかりが頭に浮かぶのだ。

分かった!来月は気をつけるよ!」(コレは、宿題をやらない小学生が、「明日はちゃんとやるよ!」と言うのに似ている)。とりあえず、オットーは様子を見てくれることになった。

それなりに我慢をして、明日は給料日である。10月分の計算をイソイソとしてみると…4万円減!。どれほど使ってたんだという話である。「ケイトリンは、だらしがないナ」と呆れる方、本当にその通りで何も言えない。反省しなくては…もっと“ピシッと”しなくちゃいけない。(コレは「シャキッと」とか「チャンと」とか、具体的でない、やみくもなヤル気を見せるときに使う言葉である)。

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アメリカTV界の“杉様”に見る、決めポーズの意義

Photo_3  「ケイトリンは男の趣味が悪い」と、ケイトリンに選ばれたオットーは自虐的に嘆く。「アイツだけは、ワケが分かんないベ。なんでだよ」、「アノ格好良さはね、理屈じゃないんだよ」。そう、デヴィット・カルーソはかなりイケている。

彼は、アメリカのTVドラマ「CSI:マイアミ」で、科学捜査班の主任を務めるホレイショ役でお馴染みだ。他にもCSIシリーズはあるけど、分析ラボにこもらず、拳銃を握る機会のほうが多いのは、ホレイショくらいだろう。

“そんなら、なぜ、科学捜査班?”という疑問は置いといて、彼の外見をチェックしてみよう。「前面の前髪でハゲを隠している」、「目が小粒」、「脂ッ気が抜けちゃってシワだらけ」…どっちかっていうと、もう、オジイちゃんである。ハンサムでも、セクシーでもない。

でも俳優データベースを見ると、こんな記述があるのだ。「下からグッと見つめる強いまなざし、ダークで渋い声色、青白い肌に腫れぼったい瞳のベイビーフェイス、そしてニンジンのように赤い刈り込んだ髪…それが彼をTVスターにのし上げた明らかな魅力である」。

Photo_4 サングラスを手に、斜(はす)に構えて、猫背で決め台詞を言うときなんて、ちょっとアンニュイな感じがシビれてしまう。拳銃の構え方も彼らしい繊細な感じで、とっても自然…ありがちなタフガイっぽさじゃないのがイイのである。(こういうワケで、製作者もラボに閉じ込めておけないんだろうネ)。

ご本尊のデヴィット・カルーソも、自分の魅力はよ~く分かっているらしい。プロモーションでも同じスタイルでコメントするなど、確信犯なのだ。

ケイトリンは彼にあだ名をつけることにした。「アメリカTV界の杉様」…“流し目の杉良太郎”とそんなに変わらないと思うのである。

無意識だったり、確信犯だったり…スタンスはそれぞれだけど、決めポーズは誰もが搭載する“自分アピール・ミサイル”である。イヤミだったり、素敵だったり、滑稽だったり…他人の評価はいろいろであるが…。

オットーは“決め”るのを嫌う人で、無意識タイプだ。洋服の試着で気に入ったとき、ポケットに乱暴に手を突っこみ、片足を前に出して立つのがクセである。鏡の前で決めポーズするオットー…「ファラウェイ・マウンテン家のリバー・フェニックス」と密かに命名した。

ケイトリンは、昔は確信犯タイプだった。“こんな風にして笑うと、好感度が高い!”とある日気づくや、気に入られたい人には“決め笑顔”をするようにしていた。今だってやればイイんだけど、酒を飲んでいると忘れちゃったり、途中で気づいてやって顔が引きつったり、ロクなことがないのである。

可愛いのは、甥っ子のピースくんである。もう小学生も間近で大きくなったけど、ちょっと前までは“イイ顔”をしてみせてくれた。「ピースくん、写真撮るよ~」なんて言うと、クシャっと紙を丸めたみたいな、ヘンな表情をする。「あれ~?笑うんだよ?イイ顔だから、いつもみたいに笑ってね」って言っても、同じ顔しか作らない。

「ピースはねえ、本当にアレがイイ顔だと思ってるのよ。おかしいでしょ」…みんなで大笑いしたが、あれほどイヤミのない確信犯は珍しいだろう。“ピース君の決めポーズは、変わったかな”…次に会うのが、楽しみで仕方がないのである。

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虫サンたちが教えてくれた秋

秋は、虫サンたちのお別れの季節である。ケイトリンの家にも立て続けに虫サンたちが挨拶に来たので、記録しておこうと思う。11階まで、わざわざ上ってきてくれたのだ。

あの日は、お天気が良くて、洗濯物がカラカラに乾いていた。西南方向に向くベランダだと、午後2~5時が陽射したっぷりの時間で、“んー! 天高く馬肥ゆる秋だね”と気持ちのよい秋空を見上げていたのである。

…白いフェンスの上の物体に気づいたのは、ソレがちょっと大きかったからだった。黒い盛り上がった点で、鳩のフンかと思った。ティッシュをつかんで近づいていくと、“おや?”…ハエだった。でも、やけに厚みがあって…1匹じゃない。2匹が上下で重なって、多分交尾してたんだと思う。

イイ気持ちはしないけれども、目は釘付けになってしまった。カレ♂とカノジョ♀もまったく動かない。“来年の春にはベイビーがぞくぞくと”…って気づいて、ハッとして追い払ったけれども、タイミングの悪いところを目撃したものだ。

“オットーに話そうっと”…って思っていたけど、忘れかけていた深夜、今度は違う虫サンの訪問があった。天井に、黄色の点を見つけたのだった。“でっかいアブラムシみたいなヤツかな”…気にしだすと落ち着かないので、踏み台を持ってきて確認した。

…てんとう虫だった。普通は赤い背の部分が黄色で、黒い点が全然見当たらない。血の気の失せたような、寂しい色だった。元気がなさそうで、追い払うのも気の毒でほうっておいたが、朝にはいなくなっていた。

不思議なのは、あの日からパッタリと大きな虫を見なくなったことである。何の気なしで暮らしているが、“こういう小さな現象の積み重ねが、四季を作りあげるのだな”と思う。季節が実に細やかに移ろっていくのを、感じるのである。熱帯に暮らしていた頃、いちばん懐かしく思ったのは、秋である。

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夫婦の新習慣! ヘソのピルケース

持病のあるオットー&ケイトリンは、日々薬が手放せない。“飲まないと命にかかわる”ってワケじゃない。健康を維持するのに、忘れてはならないっていう程度だ。でも、どうしたってウッカリしてしまう日があり…一計を案じた

オットーは薬局の袋から直接、ケイトリンは自前のピルケースから出してたけど、それを一緒の容器に入れ替えたのだ。インド雑貨店で買った小ッさな壺で、そこに混ぜ混ぜにしておく。オットーの錠剤は明らかに大きい粒なので、間違える心配はない。

薬とのおつき合いが長いケイトリンのほうが飲み忘れが少ないので、オットーの分も気づいて一緒に出してあげられる。「これで解決だネ!」って楽観してたのだが…、まだダメであった。夜一回のケイトリン、朝夜一回ずつのオットーだから、朝はスルーしてしまうのだ。

“ムム…”。ファラウェイ・マウンテン家では、ゴミ捨てと電気通信関係以外は、ケイトリンの責任である。つまり、オットーの健康も生死も、ケイトリンの判断ひとつにかかっているワケだ。“オットーの白目や笑顔を見続けるために…”、大胆な行動に出ることにした。

ある朝(っつっても昼2時だけど)、食後の満腹大満足なオットーのTシャツをめくった。「イヤ~ン! 何だよ?」、「いいからッ!」。丸くてツヤツヤした太鼓ッ腹に空いたヘソ、そこを目がけて、錠剤を突っこんだ。

薬のヘソ胡麻和えだ!」、「ワハハハ! やめてよ~」。汚いけど、自分が口にするワケじゃないし、飲み忘れるよりマシである。面白くて何度か繰り返すうち、習慣になってしまった。今では、Tシャツをめくったオットーが「ねえ」と言えば、ケイトリンが「ハイよ」と薬をヘソに埋める…もう、ツウカアである。

オットーにインタビューしてみた。「エー。改まって伺いますが、ヘソに入れた薬、いかがですか?」、「んーとね、すっごい取りにくい。思ったより奥にひそんでて、オレの指じゃ、苦労します」。「なるほど。良い点はありますか?」、「食後、横になっていると、『あ、今日はヘソに入れられてない』と思い出すことはありますケド、薬が旨くなるってことは、絶対ナイです」。

何事もいつかはマンネリ化する。…次なる奇策を、ケイトリンは考案中である。“ヘソの穴、次も穴かな…。耳、鼻、さてどれにしよう”。オットーがいくらグルメだからって、胡麻和え以外の和えものは気の毒すぎるのである。でも、一応、聞いておこっと☆。

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