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2008年4月

ダンシング・ドジョウとMUSIC・LOVEな日々

昨日、ケイトリンのパパ&ママがの引っ越しが終わった。イヤ~、大変だったあ~! 先週は毎日実家に帰っていたから、自分の家のコトがおろそかになっちゃって、ホコリと洗濯物がタンマリ溜まっちゃってさ…トホホ。

ご飯も毎日作れなくて、外食3連チャンはサスガに飽き飽きした。今日は久しぶりに自分のこしらえたもので、大満足! クレソンとコンビーフの炒め物、がんもどきと里芋の煮物、新玉ネギとスモークサーモン、ナスのネギソース、マッシュルームとアサリのクリームスパゲティー…食べすぎた。今はデザートのイチゴを食べてひと心地ついたところだ。

思い出すのは、おとといの居酒屋でのこと。漁師直送の新鮮な魚が食べられる店で、2000円ほどで旬の刺し盛りが桶いっぱいに出てくるので、ケイトリンが大好きな店だ。結構待たせられるのが玉にキズなのだが、サバの塩辛をチビチビしゃぶりながら、大人しく待っていることにしている。

ドジョウの水槽」に大異変が起こっていることに気づいたのは、中ジョッキの2杯目を半分くらい空けたところだった。ケイトリンの斜め前、オットーの目の前にドジョウが5センチくらいの厚みで折り重なっていて、「寝てるのか死んでるのかワカンナイね~」って話していたのだが、ふと気づくと、ウワア~といっせいに棒立ち(?)になって、水面に上昇していくではないか!

ドジョウに何が起こったのか?!”…観察していると、店内のBGMに関係していることが分かった。この店では人気時代劇のテーマソングをエンドレスでかけているのだが、「必殺仕事人」の出動BGMが華やかにかかると、ドジョウが一気に動き出した。「木枯らし紋次郎」のオープニングソングでも、サビに向かってウニョウニョ活発になっていったのだ。ウソみたいだけど、ホントの話! 

スゴイ発見だったから、お店の人にも教えてあげようと思ったけど、大混雑のなかでちょっと遠慮してしまった。暑い夏、ドジョウ鍋で冷酒をキュッとヤルのは最高だけど、この店では無理だな。“熱い鍋に閉じこめられるまで、食べられてしまうまで、ドジョウは歌謡曲でノリノリに過ごすんだね”…何だか切なくなっちゃって、陽気なビールのガブ飲みは止め。日本酒でじんわり酔うことにしたのだった。

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日常坂の自転車レース ~オットーの勝利~

ファラウェイ・マウンテン家から最寄り駅までは、下って上る坂がある。傾斜はゆるやかで、立ちこぎをするホドじゃない。“おっ、腹と太ももに力をこめてるゼ~”って程度だ。

ケイトリンの赤い自転車は、この坂をスイスイ行ける。見た目はゴッツくてカッコ悪いママチャリだけど、6段階ギアでなかなか性能が良いのだ。普通のママチャリはもちろん、スマートなシティーサイクルを“ふ~ふ、ふ~ん♪ おっ先ぃ~!”と追い抜いていくのは、結構爽快である。

ケイトリンと赤い自転車の天下はいつまで続くのか…。『ゴルゴ13』のスナイパー並みに敵視するオトコがいたのを忘れていた。そう、オットーである。一緒に出かけるとき、「オレの自転車は、しょぼいからさあ」と必ず言い訳していた。ケイトリンに追い抜かれるとき、慌てて立ちこぎになるこのオトコは、ついに昨日、行動に出たのである。

駅から自転車でまず下り、オットーはブレーキをかけないようであった。“むっ、何か今日は違うゾ”…ケイトリンのほうをまったく見もしない。こぐのに気持ちが入っているって分かった。そして上りにさしかかったとき、オットーはすっくと立ち上がった。いきなりの立ちこぎだ。(なぜかケイトリン、直立するレッサーパンダの故・「風太くん」を思い出した…)。

グイグイ肩を上下させ、坂を上りきったトコロでようやく後ろを振り返ったワケだけども、そのときのオットーの顔は、やらしかったワ~。スポーツ選手の後続を気にする焦燥感とは違って、“今日はオレ、やったっタ!?”っていう一発屋的な、勝利に酔う顔だったのである。

こういうとき、ちょっと傷つけたくなるのは、ケイトリンの悪いトコロだろうか。「オットー、すんごい息、切れてますが?」、「…いや、全然だよ…」。(前後の三点リーダ(…)は、呼吸困難で話せなかったから)。それ以上のイジワルは止めにした。実は、オットーのスピードに触発されたケイトリンも、いつも以上に頑張って、息切れしちゃってたからだ。言わなかったケドね

とにもかくにも、ファラウェイ・マウンテン夫妻は、ちょっとずつ負けず嫌いである。あんまり小細工をしない代わり、やるときはサプライズを狙うのである。こんな日常は、なかなかスリリングで、気が抜けなくて、楽しいのだ。

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実家がなくなるとき③ ~ママの痛快発言~

ケイトリン・ママが、モノを大切にする人であることは間違いナイ。しかし!大事にしすぎて流行が過ぎてしまった洋服しまいこんで湿気にやられてしまった新品の毛布、そんなモノばっかりになってしまうのだ。引っ越しの荷物詰めを手伝うたびに、それを捨てる捨てないでひと悶着起きるので、なかなか大変である。

「あ~あ~、勿体ない! ろくすっぽ使わないで捨てるなんて。いつかバチが当たるよ!」…ママはいつもこんな怨念めいたことを言う。イライラがつのるケイトリンも負けてはいない。「だって3年以上使ってないモノをさ、今後も使うワケないでしょ!」。

今日もバチバチと火花を飛び散らせながら、シーツや座布団を捨てていたケイトリンだったが、思い通りにならないママはかなりストレスを溜めていたらしい。洋服ダンスの整理を始めた時点で、ダンマリを決めこんでしまった。“あ、こりゃ厄介だぞ”…気づいたケイトリンは努めて明るく言った。

「ママ、次に洋服を買ったらさ、古いのは一枚捨てるくらいの感じでイイんじゃない?」。もちろん、その通りにしろってことじゃなくて、そのくらいの感覚でいたほうが、ママのような物持ちのいい人にはイイってことだ。ママはぼそっと返事をした。

あたしはケイトリンと育てられ方が違うから」。「ええっと、ママ!? ケイトリンを育てたのはママなんだけど?」…大笑いしてしまった。この話はパパとオットーも大ウケだったんだけど、ママはあくまでも真面目だったな。世代の隔たりだけじゃなくて、価値観の違いを感じてケイトリンを軽蔑してる風だった。

年をとってきたパパ&ママを見ていると、ケイトリンの親であるという立場よりも、ひとりの自分としての“”がどんどん濃くなってくるような気がする。親としての分別から解放されつつある今、良い意味で無邪気な“個”が再び目覚めているような…そんな気がするのである。

そりゃ、保険だ年金だと月並みな問題は口にするけれども、そんなモノを超えるような爽快感があるんだよな…、とくにママを見ていると。今日の「あたしはケイトリンと育てられ方が違うから」なんて、かなり面白いじゃないか! そうそう、“痛快”って言葉がピッタリくるなって思ったのだった。

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いざ眠らん…“オットーのクサクサ”に包まれて

今月のオットーは忙しい。家にもちゃんと帰ってこられず、眠るのは会社のデスクの下だ。万年寝袋(床?)は3年くらい前にケイトリンがプレゼントしたもので、一度も洗濯していないからクサクサだろう。昨日はその寝袋に落ち着く余裕さえなく、写真撮影のスタジオでダンボールをかぶって、眠ったそうだ。ウウッ、かわいそうなオットー!!

編集とかライターの仕事をする人は、“眠り上手”が多い。いつでもどこでも、時間のスキマを見つけて、あっという間に寝てしまう。オットーもそうだ。ホコリだらけの床でも顔をくっつけて寝ることができるし、みんなの脂と体臭の染みこんだベッドでもぐっすりなのだ。さらにオットーがスゴイのは、起き抜けに出る電話の声が普段と変わらないこと。たいてい寝起きの声って取り繕っても分かっちゃうものなんだけど、いつもと一緒の低音ボイスなのだ。アレで随分得をしてるんじゃないかな…。

逆にケイトリンはというと、“眠り下手”である。まず、他人の肌が触れた布地が気持ち悪くてヘンな体勢で寝るから、熟睡できない。地肌が触れないように腕をシャツのフトコロにしまったり、傍目(はため)から見るとワケが分からないだろう。それでも落ち着かなくてモゾモゾしているうちに、今度は頭のうしろ、枕に接するあたりがカユいような気がしてくる。

“あああ~!”…眠いのに眠れない。1時間の仮眠なのに、30分はこうして時間が過ぎていくのである。仮眠どころじゃなくて、トイレで居眠りする場合もある。誰かから電話が入り、「お疲れさまデ~ス!」(寝てませんよ?)と元気に発する声が、いつもより半トーン高くうわずってるのが自分でも分かるのだ。…本当に上手に眠れるオットーがうらやましい

ある夏、オットーと山荘に出かけたときのこと、深夜に到着したから、風呂にも入らず布団に倒れこんだことがあった。体はベタベタ、布団は少し湿り気味、疲れてるのにケイトリンは眠れなかった。漆黒の闇が怖くて電灯のスイッチは入れっぱなし、その明かりめがけて、握りこぶしくらいの巨大な蛾が飛び込んでくるのも、スゴイ恐怖だった。

「オットー、こんなんじゃ怖くて、とっても眠れないよー」、「グゴ~」(イビキ音ナリ)、「ねえってば!」、「グゴ~。…大丈夫だよ。オレは怖くないよ」…“そりゃあ、アンタは怖くないさ、寝てるくらいだもん。ケイトリンが怖いって感じてるんだよ!”。仕方がないので、オットーに体をぴったりくっつけて、ウトウトと夜明けを待ったのだった。

ベタベタに湿気に、オットーのクサクサまでも加わって、ようやく落ち着いたわけなんだけど…。ん?待てよ?。“オットーのクサクサ”こそが、重要な要素なのではないか!?  眠れない夜、オットーの使用済みTシャツにくるまれば、母の匂いに包まれる赤ちゃんのように安眠できるのだろうか…。う~ん、潔癖なんだか、そうじゃないんだか、自分でもサッパリ分からなくなってきたぞ…。

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幸せな二度寝のために

オットーはフツーの会社員であるが、雑誌の編集という仕事柄、昼過ぎに出かけて、夜遅く帰ってくる変則パターンが多い。だから、「明日は早く行かなくちゃ」なんて予告されると、ケイトリンも“気を引き締めなくちゃ”って思うワケである。

週に一度の会議は10時からで、これがキツい。寝るのが夜明けの5時過ぎなので、もうフラフラである。朝風呂の準備して、ご飯食べさせて…というフルコースだと、8時半に起きないと間に合わないのである。どうしても眠くて、サボってしまうことも多々あるので、それはオットーに申し訳ないと思うけどサ。

ただ! 納得いかないのは、“特に予定は入ってないが、早く会社に行きたい”という場合のオットーの行動である。「明日は早く行かなくちゃヤバイんだ」、「何時に起こす?」、「8時半」。“いつもお勤め、ご苦労さまです”…ケイトリンも、たまには良妻ぶりを発揮する。炊き立て飯に味噌汁を用意し、やっとの思いでオットーを起こす。食事し始めたのを見届けて、再びベッドに入るが…。

“あれ?”…口に付いた生卵をピチャピチャなめながら、オットーがやってきた。そして…なぜか布団に入ってくる。「ちょっと! なんで来たのよ?」、「ちょっと時間あるし、寒いから、あったまりに来たんだよ」、「あそ。寝ちゃわないようにね」、「モチのロンだよ」。

…どれだけ時間が経ったのだろうか。ふと目が覚める。オットーのイビキがすごい…って、なんで寝てんの!? 時計を見ると12時を回っているじゃないか。「ちょっと! はやく行くんじゃなかったの?」、「行くよ、行くってば」、「だって、もう12時だよ!」、「え~。でもオレ、眠かったんだよ」…フツフツと怒りがこみ上げてくる。“こんなにイイ加減な決心に振り回されたとは”。ケイトリンの早起きの努力(?)は、玉子かけご飯を食って、二度寝するオトコによって帳消しにされてしまったのだ。

確か、ツタンカーメンの呪いの言葉は、“我が眠りを妨げし者、死の翼に触れよ”だった。ケイトリンの眠りを妨げしオットーは、ケイトリンの逆鱗に触れてしまったので、抹殺されるしかない。バチャンバチャン叩かれ、布団から追い出されたのである。

こういうことが繰り返されると、お互いに不幸せなので、ケイトリンは考えた。そして今日、「予定はないけど、10時に起きる」って言われたので、1時半に起こしてみたのである。何事もなかったかのように塩ラーメンを食べて、コタツで二度寝を始めるオットー、その寝顔の安らかだったこと! 実に平穏な午後だった。

 “オットーの発言をそのまま受けとらず、臨機応変に対応すれば、お互い幸せなのよね”…結婚4年目にさしかかり、ごくごく些細なことから、“夫婦の機微”を知るケイトリンである。

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実家がなくなるとき② ~そんなに江戸は遠くない~

ある日、ママがこんなことを言った。「ひいおばあさんは、お歯黒をしていたわよ」。幼かったケイトリンは、“自分が「江戸時代の人」とリンクしている”ことに、ワクワクした。ママは1944年生まれなので、ギリギリ“江戸生まれ”と話す機会があったのである。

それからというもの、1867年はケイトリンにとって特別な年になった。江戸時代が終わったこの年を基点に、昔話を考えるようになったのである。チョンマゲや着物の時代に限りない憧れをもつケイトリンは、1867年に近い昔話ほど楽しかった。今もその気持ちは変わらず、いろんな昔話にドギマギしてしまう。

考えてみれば当たり前だけど、スゴイ事実がたくさんあるのだ。ケイトリンのグランマたちは、地毛で島田髷を結ったお嫁さんだった。ママ方のグランマは満州国に住んでいて、纏足(てんそく)の小さな布靴を縫う女の人を知っていたそうだ。ママのひいおじいさんの家は大きな宿屋で、蔵には江戸の名大関・雷電為右エ門の手形があった…1975年生まれのケイトリンにとって江戸は、そう遠くないのである。

今日、こんなコトを書いたのは、実家の引っ越しで古い写真をたくさん見たからである。「やっぱ、スゲー!」…江戸の匂いのするモノに大興奮するケイトリンを、オットーは尊敬しているそうだ。“歴史に詳しい人”だと思って難しい質問をされるので、ちょっと困るのだが…。いや、大学でも歴史を学んだんだけどね、真面目じゃなかったからな~。トホホ。

最後に。ママのひいおばあさんのお歯黒の歯は、入れ歯だったのが最近分かった。長野の田舎に生きた女性だったので、古いたしなみを守りたかったんだろう。お歯黒の入れ歯は、明治のおばあさんたちにとって比較的当たり前のモノだったって、民俗学の本にも出ていた。

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「屁コキニスト」の資質

ポテトサラダをたっぷり作った。ふたりしてモリモリ食べちゃったら、まあ、出ること、出ること。“オナラ”でございます。オナラっていうと、「プー」とか「プププ」なんて可愛い音を鳴らしそうだが、オットー&ケイトリンが出すヤツは勢いが違う。「ブッフウー」ってな感じかな。“屁”のほうがしっくりくるんだけど、文面がキタナくなりそうなので“お屁”はどうか…。

せっかくなので、調べてみた。屁はそもそも丁重に扱うモノではないので、やっぱり“お”は付かない。じゃ、オナラはと言うと「お鳴らし」が“おなら”に変化した説があるんだって。“おならし”なんて、ちょっと雅(みやび)な響きではないか!

ケイトリンは想像する。平安貴族の女性なんて、日常は立て膝でモゾモゾ室内を動く程度だったから、絶対に運動不足だった。腸がちゃんと動かないから、出るものが出ないで、“出したくない音”だけがよく出たんじゃないかな。脚気で顔は下膨れ、か細い手足が不健康な平安美人…やっぱり屁じゃなくて、“お鳴らし”がしっくりくるなあ…。

ゆかしいオナラの語源バナシはさておき、ファラウェイ・マウンテン夫妻は屁コキのベテランとして、今日を生きている。“屁コキニスト”として、最低限のルールを守りながら…。

ルールとは、自らが定めた「相手を思いやる気持ち」を大切にすること、つまりデリカシーを守るということである。オットーの場合、「ちょっとオレ、屁してくる!」と席を立ち、ベランダでぶっ放すようにしている。「愛する人に、聞かせたくない」…気持ちは有難いが、どこにいてもよく聞こえるのが残念である。“予告ッ屁”の男らしさは空回りなのだ。

牛乳をよく飲むケイトリンは、音は出ないのだが、かなり深いところから(?)毒ガスを放つので、バカに出来ない。屁の予兆が来ると、急いで廊下に行って出し切るようにしている。腹立たしいのは、こんなときに限ってオットーがバタバタしていたりして、「あ~! ケイトリン、屁したでしょ。ねえ!ねえってば!」ってしつこかったりすることだろう。

大人のルールを掲げつつも、そこからはみ出してしまうオットー&ケイトリン…やけに嬉しそうに人のオナラを指摘する子どものキモチを、手放しきれないタイプである。

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恐るべし! 怪奇陳列冷蔵庫

ファラウェイ・マウンテン家のやかんは、デカイのかもしれない。麦茶を作ると、ピッチャーに入りきらなくて困ってしまう。余りはコップに入れて冷蔵庫で冷やしておくんだけど、たいていはケイトリンが飲んでいる気がする。今日も帰ってきたら、キンキンに冷えた麦茶のコップがそのままになっていた。

なぜ、オットーは飲まないのか?」…あの日の悲劇を語らずして、真実を追究することはできない。そう、アレはなんの料理だったか、どうしても思い出せないんだけど、卵黄のみが必要だった。3個分の卵白は蕎麦猪口に移して、テーブルの上に置き、後でしまうつもりだった。そこにオットーが登場するのだ。ご馳走の予感に、ちょっと浮かれていたと思う。

「ふーふふーん♪ あ、お茶。コレ、飲んでいいよね」。「え?お茶なんてあったっけ? ああ~っ!!」…もう、お分かりだろう。オットーは卵白を、ゴックンチョしてしまったのである。「えっ!?なあに~、コレ!?」…いくら玉子LOVEなオットーでも、気持ち悪かっただろう。お気の毒としか言いようがなかった。

それからというもの、オットーは警戒するようになった。「液体だからって、安心するな」、「琥珀色の液体を見つければ、蕎麦ツユと思え」…冷蔵庫をのぞくオットーは、毒殺魔のワナ(必然的にケイトリンが仕掛けてることになるわね)を恐れる被害者が如くなのである。この状況にふと、岡本綺堂の小説を思い出した。

江戸時代、「猫踊り」を見せる芸人は残酷に仕込んでいた。熱した鉄板に猫を下ろすと、熱がってヒョコヒョコと踊るようにもだえる。それと同時に三味線を弾く。それを何度も繰り返すうち、猫は鉄板がなくても、三味線が鳴れば踊るようになる。“すり込み”を狙った仕込みだったのである。

こんなむごいことは許されないが、オットーも警戒を続けていくうちに、“すり込み”に発展していくのではないか…そんな風に思ったのである。“ケイトリンが保存しているモノは、油断できない”みたいなね。オットーの楽しい冷蔵庫が怪奇陳列棚に変わってしまう前に、ツマは対策を立てよう。そんなに難しいコトじゃない。付箋で「麦茶」とか「卵白です」とか示してあげればイイだけだもの。でも何か…ちょっとイジワルしたくなる気がするぞ~。

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テンパルの万能薬「タバコ」はどうか?

“よりどり5点、480円”って広告を見て、スーパーに出かけた。対象商品から、ジャガイモ、水菜、エリンギ、チンゲン菜、ピーマンを選んでレジに並ぶ。金額表示板を見ていると、よりどり品の場合、値段の前に※印が表示されるみたいだが、水菜だけが出てこなかった。ケイトリンは自信満々で言った。「えっと、水菜もよりどり5品に入ると思うんですけど」。

「そうですか?じゃあ、見てまいりますね」。レジの人は売り場に行き、すぐ戻ってきた。そして「こちらは対象商品ではないようで…」と申し訳なさそうに教えてくれた。“うわ~!!”…こういうとき、ケイトリンは自分でも驚くくらいテンパル。バラバラで5品買っても100円の差もないから、すぐに「そのまま計算して下さい」って言えばいいのに、まったく思考が停止してしまうのだ。

カッと体が熱くなって冷や汗が出、「えっと、えっと…じゃあ、このままで」と明らかに動揺しながら、会計を済ませた。エコバック持参を言い忘れ、「コレ、要らなかったです」とビニール袋を返しに行くのもきまり悪かった。

子どものころは、マクドナルドで注文するのもしどろもどろだったので、その頃に比べれば随分度胸がついたと思う。でも、いまだにアクシデントが起こると、昔のケイトリンが顔を出すのである。

オットーももともとは大変なシャイ・ボーイなので、ケイトリンと同じく、ファーストフードの注文が苦手だったそうだ。「目を合わせて注文とか出来なかったもんね」…そうそう、そうなんだよね。でも、今のオットーはいつでもどっしり構えて、テンパラないから、すごくうらやましいのである。

その秘訣を観察していると、タバコという小道具を手に入れた効果が大のようだ。どんなにテンパっているときでも必ず一服し、目を細めて頭を整理している。“この状況では、あわてたって仕方がない。次の一手を考えよう”、そういう冷静さが生まれるようなのである。

夫婦でトラブルに直面したとき、ケイトリンは心臓ドキドキ、イライラは絶頂に達するが、オットーはタバコを吸う。「なんで、まったくテンパラないのよ~!!」「ええっ?!。だって、テンパったって、しょうがないじゃん」。「真面目に考えてないから、テンパラないんだよ!」。「考えてるって」。「だいたいオットーはいつもねえ、…」…こうなると、本題のトラブルはそっちのけで、“夫婦のトラブル”が発生である

考えてみると、このときのタバコはケイトリンをイラつかせる遠因になっている。オットーが冷静なことによって、ケイトリンは興奮してしまうのだから。もちろん、“テンパルほど真面目に考えてる”って本当に思ってるワケじゃない。でも一緒に一喜一憂しながら問題に立ち向かう“ヤル気アピール”を、タバコは消してしまっているのである。

テンパルの万能薬かと思っていたタバコだけど、時にはトラブルの元にもなる。“薬は毒にもなる”って言葉を思い出して、なるほどと思うケイトリンでありました。

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「フランスのロゼ」と「キンキン」の相性

モノを売る人っていうのは、それなりにそのモノのイメージに合う人のほうがいい”…あるデパートのアルコール売り場に出かけたとき、しみじみ思ったのだ。

都下の駅ビルにくっついてるようなデパートでも、最近はゼイタクになった。“生鮮食品は地産地消!ブランドものもありますよ!”ってことなので、お値段も覚悟が必要なくらいだ。でも、あの日は運よくお買い得な「路地ものバジルの大袋」(198円也)を見つけてご機嫌だった。

“今日はナスを敷きつめたトマトバジルソースのグラタンにしよう、あとはササミを黒胡椒焼きにしてと。ヨシ、ワインを買うか”…ケイトリンは毎朝目覚めた瞬間から“今晩は何をこしらえて、何を飲もう”と思う。晩酌に向かってまっすぐ生きているので、こういう段取りがいちばん楽しい時間だ。

で、アルコール売り場に行くと、問題の人物がいたのだ。プレミア焼酎や大吟醸、ソムリエの選んだ高級ワインがひしめくなかに、ガラガラ声が響き渡っていた。八百屋かと思った。「コレね、普段はもっと高いんだから。今日しかないんだから」、「あんたね、ソッチより、コッチのほうが絶対イイって」…何という押し付けがましさ! 離れたところでそっと見ると、前髪をカーラーで立てたソバージュ(!)の濃厚メイクのオバさんだった。

分かってる。外見ですべてを判断しちゃいけない。でもあのオバさんは、地元スーパーでポークビッツを売る人で、桜色のロゼを売る人じゃない。みんな分かってくれると思う。

ああっ、でもケイトリンの悪いクセ! オバさんの試飲カップに惹かれ、近づいてしまったのだった。ロック・オン! オバさん始動である。「辛口で美味しいでしょ。これ、フランスだから」…“このオバさんからは買いたくないが、ワインは美味い。どうしよう~”。値段を見ると1300円、買っちゃえる額である。でもこれから冷やして間に合うかと思い、いつも通りの質問をぶつける。「あのお、コレ飲み頃温度ってどのくらいですか?」。

オバさんは見るからにたじろいだ。“あっ、やばい(知らないか)”と思った瞬間、見事な返しが来た。「コレ、すぐ飲むの?」、「はい」、「じゃあ、すぐ冷やして」、「えっと、どのくらい冷やせば…」、「キンキンキンキンがいいの」…温度は無視だけど、臨機応変な対応がベテランの域である。

このとき買ったロゼは昨日、飲み終わった。淡いピンクと繊細な味わいはとっても良かったけど、ケイトリンにはあのオバさんとキンキンつながりの愛川欽也が残像のように、頭から離れないのである。やっぱり、フランスのロゼには、型どおりの美しい憧れが欲しかった…。酒の売り子さんにこんなに思いを馳せたのは、初めてである。

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実家がなくなるとき① ~娘時代の精算~

ケイトリンのパパ&ママが引っ越しをするので、なんとなく気忙しい毎日が続く。「老後はやっぱり気楽なマンションに住み替えて、犬でも飼ってさあ~」といちばん勧めていたケイトリンであったが、今はちょっとブルーである。“娘時代を過ごした実家がなくなる”ってことは、置き去りにしていたお荷物を何とかしなくちゃいけないってこと! これが馬鹿にならない分量で悩みの種である。

だいたい、実家に置いてあるモノは、“捨てるにはしのびないけど、要らないモノ”なのだ。カセットやCD、本なんかはすぐに整理がついたけど、問題は大量の写真や手紙だ。

写真は、大学時代以降のものばかり残っていた。そのうち7割は、ビールの中ジョッキとツーショットである。毎晩、アルコールでスパークリングしてたヤング・ケイトリンに言ってやりたい。「アンタね、酒飲んでて楽しいだろうけどね、い~っぱい失ったモノがあるんだヨ」。…不思議に得たものは思い出せないのだ。

残り3割は、心に痛い写真とでも言おうか。好きだった人や、その人を連想させるモノがところどころに見つかるんだけど、その時期自体は素晴らしくて、大切な経験の記録なので捨てられないって写真。せめて、好きだった人の姿が映るものだけは捨てるべきなのかもしれないけど、そのためには全部見返さなくてはいけない。…そんなことしたら、思い出のかたまりで精神が押しつぶされそうなので、そのまんまとっておくことにした。

こういう昔の写真を今の家に持ってくるのは、気が重い。「友達になろうね」って言って別れた恋人を、家に招き入れるような感じに似ている。

そういえば、オットーは写真をほとんど持っていないがどうしたのだろう。「オレは実家に置いてきたけど、自分の部屋がなくなったからどうなったかは知らない」…マーマリン・オットーがちゃんとどこかにしまっているんだろう。

写真は、オットーの家みたいに、そんな風にしてもらえてるのがいちばんいい。あっても、なくなっても、気が付かないフリができるくらいでいいのだ。

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家庭の科学ミステリー ~くしゃみをする男~

なぜか分からないけど、オットーはくしゃみをするとき、“全部出す”。普通、くしゃみを出すときって口しぶき(?)が出ないように心がけるけど、思うさまに出し切るのだ。これは被害が甚大なので、ツマとしてほっとけない問題である。

現場は静かな夜ふけのコタツ。めいめい本を読んだり、テレビを観たりしているとき、いきなりの緊張が訪れる…“殺気!”。「ヒャアッヒャアッ」、半眼のオットーが大口を開けて、ヘンな音を出している…“危ない!”。オットー、片手をティッシュの箱に伸ばすが全然届いちゃいない。「シュッ、シュッ、シュッ」…くしゃみの規模を目算し、3枚のティッシュを引き出すケイトリン。急いで差し出すが、「ブシュワッ!」…間に合わなかった。

「あ~!もう!」。「ふう~。大丈夫、大丈夫。手に受けたから大丈夫」。出し切ったオトコは満ち足りた表情を浮かべているが、女は油断なく目を走らせる。やっぱりだった。Tシャツには勢いのよい飛散沫が数カ所、見つかったのである。「早く、拭きなさいよ!」。「モ~。大げさだなあ。ズビスビ(鼻をすする音)、ヒャアッ」。“ヒャアッ”?…もしや、アンタ…。「ヒャアッ」…まだ出んの?!…完璧を目指すオットーは、再度出し切るのであった。

口しぶきの“しぶきつながり”で思い出したが、拳銃殺人の場合、その血しぶきの方向によって、何メートル先から、どんな角度で発砲があったか判定がつくそうだ。どんな小さな飛沫でも、重要な手がかりとなるのである。

オットーのくしゃみも然(しか)り。飛沫を分析することによって、口をおおう手のかぶせ方の問題点を発見できるかもしれない。そして、着たばっかりのTシャツの汚れを食い止めることができるかもしれない!…ケイトリンは“科学の目”を持つことにした。

くしゃみをする男、口しぶき、愛妻…これだけで、家庭の科学ミステリーは成立するのである。

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ネボスケの免罪符

春は眠い。花粉症の点鼻薬のせいで、さらに眠い。もともとひどい低血圧(最高が90ちょっと、最低が60弱)のケイトリンは、この時期、夢うつつである。座って5分も経たないうちに、「あれ?!」…寝てしまっている自分に驚く。電車で吊り革につかまりながら、眠さに勝てず、膝をカクンカクンさせていることもある。

いちばん困るのは、この夢心地が酒の酔い始めに似ていることだろう。ここのところ、酔っ払うスタート地点があいまいで、気づくとひどく飲み過ぎていたりするので、大変良くないのだ。

オットーはこういう事情を知っているにもかかわらず、ケイトリンのことを「ネボスケイトリン」と呼ぶ。このどうしようもない呼び方には、オットーの怨念が潜んでいるのである。

「低血圧のせいで、すごい眠いんだよね」…オットーはいつもそう言っていた。でもある日の健康診断で、“どっちかっていうと高血圧”という事実が判明したのである。ネボスケの免罪符は瞬時に吹き飛び、オットーは惰眠をむさぼるタダのネボスケになってしまったのであった。

花粉症薬、低血圧…鉄壁の免罪符をもったツマを、オットーは責められない。ちょっと気の毒なので「ネボスケイトリン」と呼ばれても、気持ちよく返事することにしている。ホント、15時間くらい平気で眠れてしまう…。ほや~ん。

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エイプリルフールに聖者のオットー

今日のお話を書こうと思ったら、目の前のベランダが妙に気になる。目を上げたら、オットーが白目とベロを出しながら、パラパラを踊っていた。“ヤダーッ! ファラウェイ・マウンテン家って面白いのね!”って思われそうだけど、こういうの、付き合い始めてからカウントして5年、毎日のコトだからね。そろそろ新ネタでもイイのではないかと思う。

晩ご飯の仕度をしている最中、“エイプリルフールだから、何かウソをつこう!”と思いついた。真実味のないネタだとすぐバレちゃうし…ケイトリンは練りに練った案を実行してみたのである。「オットー、あたし、あやまらなくちゃいけないことがあるの」。

「え?なに?」…オットーの、帰宅直後のウキウキ感がサアーッと引く。ファラウェイ・マウンテン夫婦の“あやまらなくちゃいけないコト”は、普通の夫婦なら“極刑”に値するコトもあるからだ。ニヤリ。「あたしね、6万円の靴、買っちゃったの」。「えっ、ウソ!」。「ホントだよ。この靴」。ちょっと前に本当に買ったヤツ、でも1万円の靴を差し出した。さあオットー、どう出るか!

「ふ~ん。6万円の靴なんてあるんだー」。「え、でもコレ6万円なんだ」。「そっか、そっか。ふーん」…つまんない。つまんないよ、オットー! ケイトリンの負けじゃないか!! 理由そのイチ、普段1万円弱の靴しか履かないオットーがあまりに清貧の人で、ケイトリンが悪妻になってしまったこと。(高い靴なんていくらでもあるのにさあ~)。理由そのニ、“安っぽい靴”と思いながらも、“高かろうが安かろうが、ケイトリンが気に入ったなら仕方ない”と達観できる大人物(だいじんぶつ)加減…ケイトリンの完敗である。

「ウソに決まってんじゃない。1万円の靴だよ」。「だよねえ!」。「いや、エイプリールフールだからさ、考えたんだよ。あ、ホントはウ〇チもらしたんだけど、それは言えなかった」。「いや、ケイトリンはそんなコト、するわけないもん」…なんてことない出来事だったんだけど、こうやって書いてみて分かった。オットーはケイトリンをモロモロ信頼してくれてるんだなーってコト。あんがと、オットー。とりあえず、些細なことから、ウ〇チは絶対もらさないように気をつけよう。ビール飲み過ぎると、お腹がゆるくなるんだよな~。

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